" PARIS BLUES "
「左岸にて」
つめたい風の吹く十月 宵やみは墨染めの薄衣
まるで 眠るように流れる暗い川 その左河岸
狭い路地裏にこぼれる 安食堂の調子の低い灯り
壁ぎわの椅子に腰をおろし おざなりに品書きに目をとおし
ぶあいそうな給仕を呼びつけ いつものをおくれ という
塩っけのたっぷりと効いた牛の臓物の煮込み
安手の白ワインで舌を濯ぎながら
掻っこむようにして詰めこむと
すこしだけ元気がでるという代物
乾いたパンを匙にして 深皿の底まで掬ってやったさ
ふんわりとなった足が ふらふらと向かうさき
地下室 納骨堂 あるいは 穴蔵の如き酒場
煙と体臭とパフュメと議論と音楽 剥きだしの地層
熱情と倦怠の螺旋 名もなき小動物たちの巣窟
作家 画家 音楽家 詩人 舞台俳優 映画監督 ただのジャズ狂い
めんどうなら こう呼んでくれてよい 芸術家 または 依存症患者
馬鹿騒ぎを避けるように 隅のテーブルについたことは よく憶えている
マールを注文したことも憶えている でも 何杯呑んだかは思いだせない
冷たく乾いた舗石の上に倒れていた どうやら放りだされたらしい
あちこち殴られてもいるようで 体のどこといわず ここといわず
信じがたいことだが 痛いといっては髪の先まで ずきずきと疼く
ちっくしょう とかなんとか
ぶつぶつ不平らしいことを口ごもりながら よろよろと起きあがると
朝の陽の長い指先が すでに寺院の塔の突端にまで 届きかけていた
これから あの狭くて汚い下宿に帰るわけだが
まあ それはいいさ いつものことでもある
けれど なんというか ほら あれだ
朝方 洗面室の壁紙が剥がれかけているのを目にするのは
まったくもって うんざりするというものだ
--- l'homme est condamné à être libre. ---
(表題を付与して再掲)
photo by sausalito
text by よのゐかをる
5/3(土)
@ sausalito
Gipsy 岩男 Magic
若柳吉三郎(gipsy guitar)
青柳 孝 (gipsy guitar)